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免疫力と予防接種と万が一について

ワクチン 2014年4月 5日

免疫力と予防接種と万が一について.jpg

  • 予防接種は打つべきか、
  • それとも、打つ必要の無いものか、
  • 打ったら病気にならないのか、
  • 打っても病気になることもあるのか、
  • 打っていれば、
    病気になっても軽く済むのか、

最近は予防接種の数が本当に多くて、
さすがに全部打つのは怖いから、
どれが必要で、どれが要らないか、
何か良い選び方はありますか?

予防接種の副作用や副反応が
どうしても気になります。

予防接種の中には、かなり危険なものが
入ってると聞きました。

ウチの子どもや、家族全員が接種しないと、他の子にうつしたり、社会全体に病気を流行らせてしまうことにつながるかも、
そう言われてかなり動揺しました

予防接種で病気を防ぐことは、お子さんやご家族の健康と利益のためだけではなく、

まわりの子どもたちとたくさんの家族、さらには社会全体の利益になると言われました

  • そもそも予防接種って、どういうものなの?
  • 何で、効いたり効かなかったりするの?
  • いろいろ「からくり」があるって聞いたけど...
  • お金や利権が絡んでるって聞いたけど...

調べれば調べるほど、
難しくなって分からなくなります

本当のところ、どうなんですか?

このように、
たくさんの質問をほぼ毎日
お聞きしますが、

結論から言いますと、

どれほど高名な免疫学者や研究者でも、
どれほど経験豊かな専門家でも、

どれほど大規模な疫学調査の結果からも

一人ひとりの医者にも、医師会にも、
看護師にも、保健師にも、
あらゆる医療従事者にも、

製薬会社の人間も、
各国の研究機関も、政治家も、

予防接種に関する本からも、
ネット上のあらゆる情報からも、

巷のウワサ話からも、
ママ友からの情報や体験談からも、

予防接種は有効なのか否か、

どの予防接種が必要で、
どれが必要でないのか、


そして予防接種の本当の正体、


もはやそれを正確に公平な立場から
判断できる人はいないだろうし、

正確で公平な理解につながる根拠や材料も、もはや存在し得ないと思います。


そして、
それらが今後、例えば何百年後には、

明らかになる日が来るのでしょうか?

予防接種に関してだけでなく、
現代医療産業全体、そして私たちの社会は、
その構造が複雑になり過ぎてしまい

誰がどこで、
何をどのようにして作っているのか、

何をどのように研究して、
どのような結果が出たのか、

今のこの瞬間、
どこで何が起こっているのか、

それは本当なのかウソなのか、

どこまでが正しい情報で、
どの情報が不正確で、
さらなる検討が必要なのか、

それとも、やはり「国」からの発表が
最後は正しいのか、

もしくはそれすらも、
簡単には信じない方がよいのか、


すべてにおいて、
今後もますます分かりにくく、
さらに複雑になっていくと感じます。


ところで、
私たち人間の「からだ」について、
改めて考えてみると、

この世には、

誰一人として、
他人と「まったく同じ」からだを持つ人は
いませんし、

誰一人として、
他人と「まったく同じ」条件下で
生きている人もいません。

でもここで思い出して欲しいのですが、

私たち人間のからだには、
よほどの例外を除いて、

「免疫力」という、
生まれながらの素晴らしい「ちから」が
「みんなに同じように」備わっています


言い換えれば、
免疫力のみ、免疫力こそが「真実」
と言っても過言ではありません。


免疫力は、
からだを外敵から守ったり、
からだがその都度、出来るだけ正しく
働くように調整したり、

可能な限り、からだを悪い状態から
回復させようと、

その役割を果たし続けます。

また、免疫力は成長しますし、
状況に応じてパワーアップもします。


免疫力は、
文字通り一瞬たりとも休むことなく、
私たちのからだを守り続けてくれます。

こんなに素晴らしい「ちから」なのに、

いつからここまで過小評価されるように
なったのでしょうか?

なぜ、ここまでないがしろに
扱われてしまうのでしょうか?

それとも当たり前すぎて、
その存在をつい忘れてしまって
いるのですか?


しかし、そのような免疫力とて、
いつも完璧ではありません。

免疫力は一生懸命働いたけど、
精一杯がんばって、
からだを守ろうとしてくれたけど、

最後はどうしても好ましくない結果に
なってしまう。

極めてまれですが、
そういうこともあると思います。


いつも完璧でなく、
思いもしなかった出来事を、
「万が一」と表現するならば、

生活のあらゆる場面、
そして自然の中にさえ、
万が一は存在します。

もちろん、
私たちの免疫力も例外ではありません。

万が一を事前に予測して、対策を講じ、
未然に防ぐことができるなら、

それに越したことはありませんが、

万が一は、
誰にもコントロールできないがゆえに、
そう呼ばれるのだと思います。


医療にも、科学にも、
生来備わるからだのちからにも、
ましてや自然の中にも「万が一」が
存在するなら、

家族の健康も自分の健康についても、

そして最も大切な、
子どもたちの健康と、未来のために、


「因果関係」がはっきりする方の選択を
したいと私は思います。


家族と自分の健康は、
自分たちで責任を持って守りたいと
思います。


子どもたち、家族、
そして自分のからだの「ちから」を
最大限に信じようと、

私は思います。

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